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勉強はわかると楽しいもの。一時は浪人も覚悟した高校受験

演劇高校受験
中学の頃の私は、勉強は二の次で部活ばかりに没頭していました。

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行ける高校がない!?まさかの浪人

当時は演劇部だったので、英単語や数学の公式を覚えるよりは、演劇の台詞をひとつでも覚える方が重要だったし楽しかったのです。

勉強は、まあなんとかなるだろう、高校は行けるところはどこかあるだろうと思っていました。

ところが、中学3年生の1学期末の三者面談で、担任が母にはっきりと言いました。

「今のままでは行ける高校はひとつもありません。」と・・・。

その一言を三者面談の冒頭でいわれて、母と私は言葉をなくしました。

本当に高校に行けないかも

担任はかなり考えてくれたのか、冊子を机の上に置き、「唯一行けるところを探しましたが、ここしかありませんでした」と言いました。

見ると、その学校は寮生活必須の高校で、不良や落ちこぼれを再生させる、学校というよりはフリースクールに近い私立高校でした。

母は現実を受け入れられないのか、何度も担任に「本当にここだけですか? 他にありませんか?」と縋るように食い下がりましたが、担任は申し訳なさそうに首を横に振るだけでした。

たぶん、当時の私の偏差値は40もなかったのでしょう。

なのに、懇談会前のホームルームで志望校を紙に書かされて、名前の知れた高校名を書き連ねたことを恥ずかしく思いました。

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高校受験対策はバイトの家庭教師

学校からの帰り道、母は私に言いました。

「中卒で働く?」私は即座に嫌だと答えました。

親友たちは高校に行くのに、私だけ中卒で働くなんて考えられなかったからです。

母に言われて初めて目が覚めた私は、母に部活をやめるから勉強させてほしいと訴えました。

たぶん今から塾に行ってもついていけないだろうと思ったので、家庭教師をお願いすることにしました。

家庭教師を派遣してくれる会社に母が電話をして、数日後に来た家庭教師は、有名私大の学生で、小柄ながらも体中に知識が詰まっているような女性でした。

最初は勉強がわかるようになるだろうか、少しでも偏差値は上がるんだろうかと不安になりました。

しかし、これが意外。教えてもらうと嘘みたいにわかって、私が自分自身を信じられないくらいでした。

家庭教師が来るのは週に2回。

帰り際には、次に来るまでの宿題を必ず出していきます。

手作りで、問題の横には解くためのヒントを書いてくれていたので、とてもわかりやすく解けないことはありませんでした。

受験勉強は楽しい。演劇とは違う楽しさがある

勉強がわかってくると楽しくなり、楽しくなると、もっともっと勉強したいという欲が出てきます。

欲求のままに勉強していると、学校の小テストでもスラスラ解けて、2学期半ばの実力テストのあと、母が再び学校に呼び出されました。

担任は言いました。「成績が信じられないくらい上がったので、このまま頑張れば、ここに書いてある私立はほぼ合格できます。公立は、こことここならなんとか・・・。」と、紙に書いた学校名を指し示してくれました。

「ここの公立なら合格できると思うので、滑り止めの私立を決めましょう。」担任にそう言われて、母はとても喜んでいましたが、私はあまり嬉しくありませんでした。

それでも演劇がしたい

担任が薦めてくれた公立高校には、演劇部がなかったからです。母は「部活なんか忘れなさい。」と言いましたが、私はそこは絶対に譲れなくて、最終的には演劇部のある公立高校を受けて滑り止めに私立を受けました。

私が受けた公立高校は担任には難しいと言われていたので受かるはずもなかったのですが、どうしても演劇がしたくて、その欲求から無謀にも「行けるのでは?」と思ってしまったのです。

でも結果は惨敗。結局、自宅から電車で何駅も遠くの私立に通うことになりました。

しかも、その私立には演劇部はありませんでした。

今考えれば笑い話のようなものです。

演劇がしたくて公立を受けたのに、そこは落ちて、結局は演劇部のない私立に通うことになったのですから。

しばらくは親友たちに面白おかしく話して、笑い飛ばすことで憂さを晴らしていました。

自宅から遠い私立高校でしたが、それもそれで悪いことばかりではありませんでした。

意外にもイケメンの男子学生が多くて、彼氏もしっかりできたのですから・・・。



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